「良かれと思って言ったアドバイスが、相手を怒らせてしまった…」
「意見が対立すると、つい感情的になってしまい、後で自己嫌悪に陥る…」
「相手が何を考えているのか分からず、本質的な対話ができない…」
もしあなたが、このようなコミュニケーションにおける「断絶」や「すれ違い」に深く悩んでいるのなら、この記事で紹介する一冊の本が、その問題を根源から解決するための、全く新しい「言語」と「哲学」を授けてくれるでしょう。
心理学者マーシャル・ローゼンバーグ博士によって体系化された『非暴力コミュニケーション(NVC)』。
この本は、相手を言い負かしたり、自分の思い通りに操作したりするための、単なる「会話テクニック」の本ではありません。
それは、「すべての人の、すべての行動の根源には、誰もが共通して持つ『ニーズ(本当に大切にしていること)』がある」という思想に基づき、お互いのニーズを深く理解し、共感で繋がることで、どんな困難な対立も乗り越えていくための、極めて本質的な「心の対話術」です。
この記事では、NVCの核心である4つのステップを、具体的な例や実践方法と共に、詳細に解説していきます。
あなたの会話は「ジャッカル語」?それとも「キリン語」?
NVCを理解するために、まず2つのコミュニケーションスタイルを知る必要があります。
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ジャッカルの言葉(批判・評価の言語)
私たちが日常的に無意識で使っている言語です。「君はいつもそうだ」「それは間違っている」「もっとちゃんとしろ」といった、相手を評価・批判・命令する言葉が特徴です。
これは、相手の心に壁を作り、防衛的な反応を引き出し、対立を深める原因となります。 -
キリンの言葉(共感・ニーズの言語)
NVCが目指す言語です。キリンは陸上動物で最もハート(心臓)が大きく、高い視点から物事の全体を見渡せます。
キリンの言葉は、相手を評価せず、ただ事実を「観察」し、自分と相手の「感情」と「ニーズ」に耳を傾け、共感によって繋がることを目的とします。
NVCとは、この「ジャッカル語」から「キリン語」へと、自分のコミュニケーションOS(脳内ソフトウェア)を入れ替えるための、壮大な試みなのです。
【実践編】NVCの核心「4つのステップ」
では、具体的に「キリンの言葉」は、どのように話せばよいのでしょうか?NVCの心臓部である、4つのステップを見ていきましょう。
ステップ1:観察 (Observation) – 評価を入れず事実だけ伝える
全ての対話は、客観的な事実の共有から始まります。ここで最も重要なのは、自分の「評価」や「解釈」を、事実と完全に切り離すことです。
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ジャッカル語(評価):「君は、この仕事にやる気がないんだな」
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キリン語(観察):「あなたが提出したレポートの3ページに、誤字が5箇所あったという事実があります」
なぜ評価はNGなのか?
「やる気がない」は、あなたの解釈(評価)です。相手は「そんなことはない!」と反発し、その時点で対話は終わってしまいます。しかし、「誤字が5箇所あった」という事実は、誰も否定できません。この共通の土台に立つことで、初めて建設的な対話が可能になります。
取り組み方: 次に誰かの行動に言及したくなった時、その言葉に「いつも」「決して」「怠けている」「素晴らしい」といった、あなたの主観的な評価が含まれていないか、チェックしてみましょう。
ステップ2:感情 (Feeling) – 自分の「気持ち」を正直に表現する
観察した事実に対して、自分がどう感じたのか、その「感情」を正直に伝えます。
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ジャッカル語(相手を非難する思考):「君のせいで、私が恥をかいたじゃないか!」
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キリン語(自分の感情):「(レポートの誤字を見て)私は、クライアントからの信頼を失うのではないかと、不安になりました」
なぜ感情が重要なのか? 「お前のせいだ」という非難は、相手を攻撃します。しかし、「私は不安になった」という感情の告白は、あなたの弱さや正直さを示すものであり、相手は耳を傾けやすくなります。
取り組み方: 「イラっとした」「ムカついた」と感じた時、その感情の奥にある、より具体的な気持ちを探ってみましょう。「がっかりした」「悲しかった」「心配だった」「寂しかった」など、自分の感情に名前を付ける練習をします。
ステップ3:ニーズ (Needs) – その感情の奥にある「大切なこと」を伝える
NVCの最も核心的な部分です。全ての感情は、私たちの「ニーズ(本当に大切にしている、普遍的な価値観)」が、満たされているか、満たされていないかによって生まれます。
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ジャッカル語(相手への要求):「だから、もっとちゃんとチェックしろと言っているんだ!」
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キリン語(自分のニーズ):「(不安になったのは)私にとって、このプロジェクトの成功と、チームとしての信頼が、とても大切だからです」
なぜニーズが鍵なのか? 「ちゃんとチェックしろ」という要求は、相手をコントロールしようとする行為です。しかし、「成功や信頼が大切だ」というニーズの共有は、相手に「ああ、この人は、プロジェクトの成功を心から願っているんだな」という、あなたの真意を伝えます。ニーズは、誰もが共通して持っているため、共感を生みやすいのです。
取り組み方: ステップ2で見つけた感情に対して、「なぜなら、私は〇〇を大切にしているからだ」という文章を作ってみましょう。(例:「がっかりした。なぜなら、私は約束を大切にしているからだ」)
ステップ4:リクエスト (Request) – 具体的に「してほしいこと」をお願いする
最後に、自分のニーズを満たすために、相手に何をしてほしいのかを、具体的かつ肯定的な「お願い」として伝えます。
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ジャッカル語(命令・曖昧な要求):「とにかく、二度とこんなことがないようにしてくれ」
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キリン語(具体的なリクエスト):「そこで、私たちのチームの信頼を守るために(ニーズ)、今後レポートを提出する前に、私と一緒にダブルチェックする時間を15分設けてほしいのですが、いかがでしょうか?」
なぜ「お願い」なのか?
リクエストの最大の特徴は、相手が「ノー」と言える余地があることです。それは命令ではありません。相手の自主性を尊重し、ニーズを満たすための行動に、協力してもらうための「お願い」なのです。
取り組み方: リクエストは、「〇〇しないでほしい」という否定形ではなく、「〇〇してほしい」という肯定形で伝えましょう。そして、できる限り具体的で、行動可能なレベルまで落とし込みます。
【ケーススタディ】NVCを使った会話の例
状況:同僚が、会議であなたの意見を真っ向から否定してきた。
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ジャッカル的な反応:「なんでいつも人の意見を否定するんだ!私の案のどこが悪いんだ!」
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NVCを使った反応:
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(観察)「先ほどの会議で、私がA案を提案した時、あなたは『その案には根本的な欠陥がある』と発言されました」
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(感情)「正直なところ、私はあの時、多くの人の前で自分の考えを否定されたように感じ、とても悲しく、恥ずかしい気持ちになりました」
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(ニーズ)「なぜなら、私にとっては、チームの一員として尊重され、自分のアイデアに貢献する機会を大切にしているからです」
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(リクエスト)「もし今後、私の意見に懸念がある場合は、まず会議の場で否定する前に、一度、私に直接『〇〇という懸念があるのだけど、どう思う?』と、個別に話を聞いてもらえないでしょうか?」
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まとめ:NVCは世界の見方を変える「心のコンパス」
NVCは、単なる会話のテクニックではありません。
それは、日々の生活の中で出会う、あらゆる対立や誤解の背後にある、自分と相手の「痛み(満たされないニーズ)」に気づき、そこに共感という橋を架けるための、「生き方」そのものです。
私も以前働いていた職場で部下にジャッカル語で語りかけて大きな亀裂を作った経験があります。
「やる気がないなら帰って良いよ。」しかし部下のやる気を自分が図れるわけはなく、その言葉によって関係に大きな亀裂が生じました。
悩んでいた自分に、このキリン語という新しい視点に衝撃を受け、関係が良好に仕事を進められるようになりました。
最初は難しく感じるかもしれません。しかし、まずは自分自身の感情とニーズに気づく練習から始めてみてください。自分自身に優しくなれた時、あなたは初めて、心から他者に優しくなれるのです。NVCは、あなたの人間関係を、そして世界の見方そのものを、より深く、より温かいものへと変えてくれる、一生モノの「心のコンパス」となるでしょう。
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